BFN.15

2021/09/05

3月になると、コロナは、いよいよ私達の生活を侵食しはじめた。
ドラッグストアからマスクが姿を消し、トイレットペーパーが手に入らない。
特に、医療機関でのマスク不足は深刻で、ひとみちゃんは、「病院全体が、ピリピリしてる。看護師さんが、くたびれたマスクしてて、怖いよ。」と言っていた。

病状の方は安定しており、抗がん剤治療も滞りなく行われたうえ、「髪、生えまくり!」だという。
そう、ひとみちゃんは、ずっと、副作用による脱毛にも悩まされていたのだ。
それでも、彼女らしく様々なウィッグを楽しんで、落ち込む様子など見せなかったが、実際は辛かったのではないかと思う。
「薬剤師さんには、これから抜けまくります!って断言されたんだけど。生えまくってて逆に怖い。」
と、不思議がりながらも、笑って、写真を送ってくれた。
大局的に見れば、余命宣告を受けている本人にとって、髪が抜けようが生えようが、本当は些細なことだったのかもしれない。それでも、私は嬉しかった。

ちょうどその頃、星さんにお願いした「風になりたい」のラフmixが届いていた。
芸森後すぐに、ホリエさんが寸暇も惜しんでエディットし、星さんにデータを送って作業していただいていたものだ。
ギターは武沢豊さん。安全地帯のギタリストであり、星さん作品の常連のブレーンでもある。
おそらく、星さんが最も信頼するプレイヤーの一人であろう、素晴らしいギタリストだ。

星さんのギターアレンジと武沢さんの演奏は、この曲に、さらなる広がりを与えてくれた。
殊に、イントロのフレーズは新鮮で、ひとみちゃんも私も、自分達には無い発想に驚き、喜んだ。
実を言えば、既に大半ができあがっている曲に手を入れるというのは、星さんとしてはやりにくかったのではないかと、私ごときが僭越ではあるが、推察していた。真っ白なまま渡されていたなら、自分ならこうしたい、という部分も多々あったのではないか。それでも、倉本ひとみとプロジェクトメンバーを尊重しつつ、この作品を創り上げるのに手を貸していただいた。ありがたいことだ。

この「風になりたい」のエディットを手始めに、いつのまにかサウンドPに就任していたホリエさんは、猛烈に忙しくなっていった。
録った曲全て、歌入れ前にエディットしなければならないし、新たな曲のアレンジもしなければならない。ひとみちゃんの要求に応じて、直しも入ってくる。歌が入れば、またエディットだ。
私は詳しくないが、このエディットという作業は、ものすごく時間がかかるものなのだ。
当時のグループLINEを見返すと、「寝てくださいね」「ちゃんと寝ましたか?」というのが、ひとみちゃんからホリエさんへの挨拶代わりのようになっている。
実際、ホリエさんからは、朝の7時くらいにエディットした音源が送られてきて「チェックよろしく」、9時くらいに「これから少し寝ます」というLINEが入る、などということも、日常茶飯事だった。
体が心配だったが、「俺はずっとこんな生活だから」「体だけは丈夫だから」と頑張ってくれていた。

数日後には、都内のスタジオで、ダビング作業が行われることになっていた。
ひとみちゃんとアキは来られないが、札幌からは、河野っちと大山監督が来てくれるという。
当日、ドキュメンタリー用のインタビューを撮るというので、ほぼ一ヶ月ぶりにプロジェクトメンバーが集まることになった。

 

to be continued…

ヒトミィク・プロジェクト 広本 葉子

Leave a Comment

入力エリアすべてが必須項目です。メールアドレスが公開されることはありません。

内容をご確認の上、送信してください。