BFN.50
2022/05/08
着いたその日に訪ねる予定だったが、前々日に出血があった為、会えたのは翌18日のことだ。
緊急輸血をするかもしれないとのことだったが、すでに体力的に厳しかったのだろう、それも見送られていた。
ひとみちゃんは、リビングに置かれたベッドの上で、半身を起こして待っていてくれた。
「来てくれてありがとう。幸せ。」
そう言って差し出された彼女の手を握った途端、絶対泣かないという私の決意は、脆くも崩れ去った。泣いたらひとみちゃんが辛いだけだと解っていたが、どうしようもなかった。
前日も前々日も、彼女からは、この頃には珍しくなった長めのLINEが送られてきていた。
最後のLINEはこちらの気持ちが救われるような心安まる文面だったが、実際に彼女に会って、その文章を打つのがどれだけ大変だったのかを痛感し、胸が締め付けられた。
ひとみちゃんは、最後の最後まで、ひとみちゃんだった。
喫煙者である私達に、換気扇の方を目で示し、タバコを吸う仕草をしてみせる。
「気兼ねせず、吸っていいんだからね」という意味だ。
そして、おそらくアキに用意してもらっていたのであろう、大きな苺のタルトを振る舞ってくれた。
とても立派で美味しそうだったが、もちろん、この状況で食欲があるはずもない。
それでも、彼女の心遣いを無にしたくない一心で、味もわからないままムシャムシャ食べた。
見ると、健康上の理由から普段は小麦製品をほぼ口にしないホリエさんも、ムシャムシャ食べている。
大の大人ふたりが病人の枕元でケーキをむさぼる図は、なんとも奇妙で滑稽だったろう。
ひとみちゃんが、心の中で「くすっ」と笑ってくれてたらいいのに、と思う。
この日に間にあわせるためにホリエさんが急ぎ仕上げた「INORI」と「瞳で抱いて」のラフMIXを、4人で聴いた。誰も口を開かず、流れる音楽に耳を澄ます、とても静謐な時間だった。
布団の下で、もうあまり動かなくなっていたひとみちゃんの足がリズムを取っている。
そのリズムに合わせて、掛け布団がトン、トン、と揺れるのを見ていた。
聴き終えたひとみちゃんは、フッと息をついて一言、「素晴らしいね」と言ってくれた。
この二曲を聴いてもらえて、そして、彼女のその言葉を聞けて、本当に良かったと思う。
その後「Pinky」のMVについて話し、会社やプライベートの事務処理の話なども少し聞いた。
この日、ひとみちゃんがホリエさんと私に会ったのには、後事を託す意味もあったのだろう。
正確には、「後事を託したアキのサポートをよろしく」ということだったのだと思う。
最後までアキに、「大丈夫?もう話しておくことないの?」と確認していた。
三つ子の魂百まで、世話焼きのひとみちゃんらしい。
彼女の様子から、あまり長居はできないと感じていた。
夕方から緩和チームの訪問があるというので、翌日また来る事を約束して、私達は辞した。
帰り道、私はホリエさんに叱られるまでもなく、彼女の前で涙を見せたことをひどく悔やんでいたので、明日こそは笑顔で向き合おうと心に誓っていた。
ひとみちゃんには、「泣いちゃってごめん!また明日ね!」とLINEを送った。
だが、そのメッセージに既読が付くことは、遂になかった。
その夜、ひとみちゃんは、眠るように息をひきとった。
to be continued…
ヒトミィク・プロジェクト 広本 葉子
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