BFN.41

2022/03/07

2021年が、幕を開けた。
コロナは依然猛威をふるい、東京の感染者はあっさりと2000人を越えた。
感染者数が五桁を越えて久しい今となっては、なんだかピンとこないが、当時、この数字は脅威だった。
1/8には二回目の緊急事態宣言が発令され、その期間はおよそ2ヶ月半に及ぶ。
自宅に籠もる生活が続いたが、プロジェクトの方は忙しく、各々が自分の作業に勤しんでいた。

年末に送られてきた新曲は、「Humming bird」。
大好きな一曲だが、この曲のコード付けには悩まされた。たぶん、一番悩んだ。
デモ音源に入っていた謎ベースのことは、今でもアキに問い質したいくらい(適当につけたんじゃないの???)だが、それを別にしても、ひとみちゃんの頭で鳴っている音と私のそれとが、なかなか噛み合わなかった。ひとみちゃん自身もコーラスに納得できずにフレーズを変えたり、そこでまたコードを変えたりして、何度もやり取りを繰り返した。
その甲斐あって、仕上がりには大満足だ。ひとみちゃんはこの頃、Neo soulといわれるジャンルが好きでよく聴いていたが、この曲のコーラスは私にはちょっと懐かしいsoulのテイストに感じられ、そこが特に気に入っている。

1/12には、ついに配信がスタート、ひとみちゃんは「夢だった配信が叶った」と喜んでいた。

1/14、検査結果では肝臓の数値がかなり悪くなっていたが、ひとみちゃんは、上京のために次回の抗がん剤を二週間遅らせるよう、主治医に頼んでいた。
「数値が悪いからセンセーは渋い顔だったけど、踏ん張りどころなんです!って泣きついた」そうだ。
渋い顔なのは、センセーだけではない。私は、今回の上京には前々から反対だった。
1月末のレコーディングでは、二曲のリズム録りと「INORI」の歌入れが予定されていたが、リズム録りはホリエさんに任せて、歌入れはなおちゃんに札幌に行ってもらう方が、ずっと安全かつ効率的だと思っていたし、何より年末に体調を崩したことが、心配でならなかったのだ。
そのことは、スケジュールが決まってから何度となく言ってみたが、無駄だった。
「このコロナの時期に、なおこに来てもらうのは申し訳ない」というのが彼女の言い分だったが、ひとみちゃんが上京するリスクの方が遥かに高いことは、誰が考えても明らかだろう。
それが道理というものだ。けれど、その時彼女を動かしていたのは理屈ではなかった。
センセーも熱意に負けたのだろう、「OKしてくれました。胸張って上京します!イェーイ!」と言ってきた。本当に嬉しそうだった。そんなに嬉しそうにされると、さすがに「来るな」とは言えない。

翌日には深夜まで仮歌を入れていて、「深い泥の中に埋まってるような疲労感」などと言うので、「ほら、やっぱり」といよいよ心配だったが、数日後には、体調が「メチャクチャ良い」と報告があった。
「こんなに元気モリモリなのは久しぶり、食欲も出てきた」
「休薬して二週間、体から毒素が抜けていってるような感じで、外を走れそうな勢い」
抗がん剤の副作用から解放されたということなのだろうか、いきなりそんなに元気なのが不審でもあったが、そう聞けば、やはり嬉しい。

そして、1/30、二日間のレコーディングの為に、ひとみちゃんは上京した。
「たぶん最後になると思うから、東京の景色をしっかり目に焼き付けて帰ります。」と言う彼女を、私ももう、引き止めたいとは思っていなかった。

to be continued…

ヒトミィク・プロジェクト 広本 葉子

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